今回の内容は、事務所や業務とは一切関係がありません。
個人の心情の吐露以外のなにものでも…
10月31日(金)朝のランニング時に撮った米代川
高倉健さんが83歳でお亡くなりになられました。
訃報を耳にし、大変、ショックを受けています。
高倉健さんとは、お会いしたことはありませんが、
多くの映画を拝見し、さらに最近では映画以外の番組でも
お目にする機会も増え、
長身なところ、寡黙なところ、しゃべると面白いところなどが
亡くなった実の父(7年前に亡くなりました)と重なり、勝手に
高倉健さんを自分の父親を見るような目で見ていました。
『近くには住んでないけど故郷の父を思うような気持ちです』
(私の方が田舎で高倉健さんの方が都会に住んでますけど)
高倉健さん、11月10日に83歳で亡くなられたんですね。
私の父も11月14日に数えで84歳で亡くなりました。
実年齢は83歳でした。
撮影時に山から高倉健さんの部隊を撮るために、高倉健さんの部隊
だけ残り、氷点下の中、半日以上行進して、死にそうになった、と。
そこから自分の中で何かが変わった、と言っていました。
(映画に対する真剣さ、命がけといったものか…)
1977年には『八甲田山』と『幸福の黄色いハンカチ』で第1回の
遺作となった『あなたへ』も見ましたが、あれは役を演じていると
いうよりは、高倉健、本人そのものだったような気がしてなりません。
また、『あなたへ』もじっくり見たいと思います。
2013年には文化勲章を受賞され、
『(映画で)ほとんどは前科者をやりました』
『そういう役が多かったのにこんな勲章を頂いて、一生懸命やっていると
ちゃんと見ていてもらえるんだな』と。
確かに高倉健さんの前半は、ヤクザ映画ばっかりですからね。
(前科者が国から賞を受けるような感じですもんね)
高倉健さんは『不器用ですから』と言っていましたが、
かなりの筆まめで一般の方も含めいろんな方と交流されていたようです。
たぶん高倉健さんに関わった人それぞれでエピソードがあるのでしょう。
そのような高倉健さんの本当の生き方を、これから自分も学んでいきたい
と思います。
お墓もできたらお参りしたいと考えています。
一方的な思い込みですが、高倉健さんは私のもう一人の父親ですから。
ご冥福をお祈りいたします。